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    「去年はなかつたんですよ。何でも博労ばくらう同士のうちわ揉もめがあつたとかでね」

    かうして、房一の帰郷開業はその生涯を劃する大きな変化でもあつたが、同時にあの古風な河原町の人達にとつても眼を瞠みはるやうな事件であつた。房一はめつたにない成功者として目された。地方の新聞には彼の苦学力行を賞讃する大きな記事が出た。

    今度はかるく甘えた、羽毛でくすぐるやうな調子があつた。房一はざぶりと水を顔にぶつかけただけで立上つた。

    「お髯がなくなりましたわ」

    「それで、何かね。ドイツ兵は徒歩てくで通るんかね」

    「なに、消防演習?」

    「高間さん、ひとつ何とかして引上げさせて下さい。このまゝでは――」

    「眼が潰つぶれちまふ――ねえ、先生」

    「ねえ、高間さん。どうもこの追鮎は背中に掛り傷があるんで元気がないですよ」

    「開業日はいつかの」

    「御機嫌だつたね」

    「あゝ、高間さんの奥さん。――さうですね」

    「それでは」

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