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    今泉は元陸軍の下士官であつた。退役後彼は河原町に帰つて役場につとめた。生れは河原町の在で、そこに帰れば自作農程度の田地があつたが、どういふものか野良仕事がすつかり嫌ひになつていた、彼は聯隊か、師団司令部の表札がいつまでも好きだつた。彼の話の中には聯隊長だとか師団長だとかがよく出て来た。又、自分の下士官時代の上長官の名をよく覚えていて、時々異動の発表されるごとに新聞紙を丹念に読み、「ほう、少将進級か」とか、「ふむ、アメリカ大使館附か」とか、しばしば感嘆の声を洩すのであつた。

    男はじろじろと房一を見ていた。

    房一は満足げに、かへつて来た犬の頭をかるくたゝいた。

    その「含有量」といふ言葉は富田が昨日聞き覚えたばかりのものだつた。

    房一はいかにもそれがやり切れない、と云つた風に吐き出すやうに云つた。つゞけて、

    と、突然房一の肩を押へて云つた者がある。いつのまにか、練吉が傍に来ていたのだ。彼は酒の酔ひもさめたと見えて、興奮し、そのために稍強きつい、輪郭のはつきりした顔立ちになつて、一心に土手の方を注視していた。

    「なあ、先生」

    徳次はきまり悪げに、しかし、又あのきよろりとした眼つきにかへりながら云つた。

    房一は思はず笑ひ出した。

    「ふむ、ふむ。――どなたでしたかね。お名前は?――ふむ、ふむ。――住所は?いや、字あざはどこでしたかな――ふむ、ふむ」

    「一つ着て見せたらどうです?高間さんにはきつと似合ひますよ」

    「ごめん下さい」

    「どうでせう。いつそあの障子も脇戸もとり払つて、曇り硝子に高間医院といふ字を抜きましてね、厚い二枚戸でも入れたら――」

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